昭和41年07月09日 夜の御理解



 大事にしなければならない事の中に、宗教的な感激とでも申しますかね。そういうものが段々薄らいで来ておる時には、ちょっと猛反省が必要な時である。誰でもいちようは、なんか一つの例えば信心させて頂かなければ分からん、その感激と言ったようなものを感じて、まあいうなら暑いも寒いも感じないような時代が必ずあるんです。けどもそれが段々薄らいでまいります。
 そして、そこに何か一つの展開間とでも言うんでしょうか。いわゆるその感激が薄うなってくると。ですからもうだいたい、だんだんその感激というものはもっと深い深淵なもの、高尚なものに変わって行かなければならない。それはちょうど夫婦の生活のようなものであって、まあ新婚当時の感激というようなものは、誰でも味わうのだけれど、それがだんだん薄らいで来る。
 けれども、そういう感激は薄らいで来るけれども、ほんとに心と心との触れ合いとでも言うか、そういうものがです。ほんとにあのお互いに感謝し合う。この家内じゃなかなきゃならん。ようもこの主人に貰うてもろうて、と言ったようなです、そういうその心と心との触れ合いがいよいよ、それを新婚当時では味わえない深い夫婦の愛と言うものが、高まって行くというようになるなら、これは間違いない。
 けれども、もうお互いの粗ばっかりが見え出して来ている。もう本当に「もう別れたっちゃよか」というごたるふうな事になって来るということがです、もう感激が段々薄くなって来るからなんですから、ですからその、宗教的一つのその感激と言ったようなものも、始めのようなわけにはいかんけれど、それが段々高尚なもの、もっと深いものをもって神様との間に生まれて来る喜びとも言う。「神の中を分けて通りおるようなもの」と言ったような、いつも神様と通うておると言うようなものがです、でけて行きよらんと私は、これは大事な事であるとこう思うんですね。
 まあ私ども熱心に、(夜の御祈念を?)さしてもらい、打ち込まさせて頂いておる時には、いつも親先生も私を待って下さり、私もまあ例えば、バス停降りたらもうとにかく、もう小走りしなきゃおられないようなものを感じて、そこにお互いの信心が、親先生と私の間に交流しておった。だからそういうような時代があったもんですから、尚更、親先生がいうならこう、私と(現在の中にこう?)冷めて来たといったようなものを非常にイライラしたり、淋しく親先生思われるのじゃなかろうかと。
 そういう、一つの形にあるんだというような気がするんです。これは私も反省しなければならない事だなと。親先生としてもそこはやっぱ、(寛大に?)ならなきゃいけない事じゃなかろうか。それは、やはり私の事を、思うておって下さるからではあるけれども、それはもう、十年も年も十五年も前の、あのよう新婚当時の感激を、まだいよいよ冷め切れない。それが得られない淋しさといったようなものが、現在の他人になっておるようなことではいけない。
 今日はお月次祭一日繰り上げてございました今日だったんですけれど、久保山先生も、夫婦もおられなかったし、その先生が今日のそのお月次祭の事を知っておられなかったんですけど。丁度私お祭りお参りできなかったんです。長男と長女を出しますから、そしたら今日はもう先生に(   ?   )もう豊美にも帰って来てそれを言う。長男も帰ってそれを言ってるんですよ。だからそれはんなら、その憎いからと言うのじゃない。もう本人言えんなら言うげな、あげんじゃなかったじゃないか。
 「お前んとこのお父さんは、もう家ではあげんやったのに、今ごろこんなに信心を落としてしもてから」という腹いせが、まあ子供達に当てられるようなことになってるじゃなかろうか、と思うんです。ですからここで、もういっちょ私どもの信心が深められて行ったら、例え私が、月次祭をお粗末ご無礼して参らなくてもです。「こうして( ? )」「こうしてお父さんがお参りできませんから」と、例えばお届けしても、「あの人の事じゃけん(よくせき?)な事じゃろう」と、例えば、その心と心の中で、交流するものが、なら交流し出していない、感じがするんです。
 これはまあ時間がかかる事であろうと思いますけれどもです。これは結局、あの、五日の日に親奥様と一緒に仰ったんです。「もう大坪さん十何年前の信心に帰って下さい」って、私自身に言われた事があるんですよ。うん。また十何年か前の信心に帰ったからでは、それでは私の信心はですね。いうならば元に戻らんならん事になる。だからまあ、少しでも十五年間なら十五年間の間に、少しは進んでおるのであるから、その進んでおるその姿形は変わっておってもです。
 そこんところを行動するところまで、いいえ、私はそげん今(これはせん、?)とは言いませんけれども、心の中に感ずるんですよ。( ? )下さい。私の信心の十五年前よりかはいくらか進んどると自分では思ております。(固く見りゃ?)これですけれども、表現の上ではこうですけれども、と言うようなものがここに私あるのですど、それがまあ親先生親奥様に通わない。そこに親先生御夫妻のもどかしさというものが、椛目にはあるじゃなかろうか、それがそういうふうに形になって現れてくるのじゃなかろうかというようなことを、に私は感じたんですけれどもね。
 だからこれは、私どもと神様の場合だって同じような事が言える事があるんじゃなかろうか。ね。あるいは自分の宗教的感激というものが、段々薄くなって来た。それが高められて行きよるから、そこの家庭にあるのならばまだ良いのだけれど、いわば夫婦でいうならね、倦怠期(けんたいき)入っておるといったようなことではなかろうか。心と心との触れ合いとか、通うて行くというか、ね、なるほど、同じ分の感激というようなものは無いけれどもです。
 いつも信心として神様と通うておれれる。神の中を分けて通りおる通っておるような、そげな実感というものがこちらの心の中に頂けて行きよるとするならばです。それは心配いらないこと。いよいよ有り難いことになるのです。けれど、そこんところがです、ね、いわば信心が段々(身に兼ねそう?)なものになってきておる。ただその、続けてはおるけれども、いわば始めの自分の感激もなからなければ。
 神様との通い合いというものもないとするなら、これはもういよいよ由々しきこと。ここに一つ、どういうところにそういうような事になってきたのか、いつの頃からそういう事になってきたのか。そこんところの理由を追求して、改めて通い合えれるものを作っていかなければ、いわゆる危機が、信仰的一つの危機とでも言うか。ね。(はねすの?)恐れすらあるというふうに私は感じるのですね。
   どうぞ。